湯田川孟宗
タケノコは極力新鮮を採れ、畑から直が一等。
料理家・美食家としても有名な北大路魯山人の言葉である。
それであるなら、湯田川の孟宗は間違いなく一等ものだ。
湯田川孟宗は、出の早い南向きの山では4月10日頃からお目見えし、5月いっぱい楽しませてくれる鶴岡の人にとっては、春の横綱食材だ。
この季節、湯田川温泉の各旅館では様々に工夫をこらした筍尽くしの料理を、これでもかというほど味わうことができる。
湯田川孟宗といえば夜露も乾かぬほどの早朝に掘り起こされた朝採りのものを指す。
この日話を伺ったますや旅館のご主人が言うには、朝は4時半頃から日の差し出す前に掘り終えると、旅館へ戻り、すぐに茹で、粗熱がとれたら1時間ほど流水にさらして、その日のお客様へ提供するための下準備を行う。使い切れない分は、その日のうちに缶詰めにするので、翌日に持ち越して提供することはないのだそうだ。
これをシーズン中は毎日繰り返しているのだから、これ以上ない一等ものだと言い切れる。
しかも、掘り起こした筍の根っこを見て、何の料理に使おうか即時に林の中で振り分け、ひと際白く極上の筍は、少しも日が当たる事のないようタオルに包み、刺身用として持ち帰るのだという。ここまで聞いただけで、湯田川孟宗特有のさっくりとした小気味良い歯触りとえぐみのない上品な甘み、みずみずしいあの味を口の中で探してしまっている。
孟宗竹群生地の最北といわれる、湯田川を含む金峰山周辺に孟宗が伝わったのは、北前船で京都から金峰山へ参った修験者が、孟宗竹をその寺社周辺に植えたことが始まりという謂れがある。
その謂れの真偽を知ることはできないが、金峰山は孟宗を懐に抱くにはちょうど良い土壌であったことは確かだ。
湯田川は酸化鉄を含む赤土粘土質の土壌に、強い西日の日差しが当たらない、じめっとした湿度のある山の傾斜で、強風にあたることもなく、孟宗筍にとって最適な環境が整っている。
しかしながらそれだけではなく、話を聞けば聞くほどに、ここの孟宗竹林は手入れにとても手塩がかかっていることに驚く。
4月5月と約2カ月ほどの旬の季節が終わると、夏の盛りの土用の丑の日あたりまでに竹林の草を刈り倒しておく。そして、10月から翌年1月頃までに竹を間引いて切り、竹林の整備をするのだという。
その間にも年3~4回は肥料をやり、1年かけて良質な孟宗筍を収穫するため山を育てる。
大変だけれど、この手間をかけたかかけないかで全く筍の白さも柔らかさもえぐみのなさも変わってくる。除草剤を撒けば簡単だろうという人もいるが、味に影響するので絶対に使わないと話してくれた。
ますや旅館の大女将が嫁いできた昭和43年頃、既に湯田川の孟宗は良質であると人気ではあったが、今のように湯田川の代名詞となるほどには有名でなく、旅館で出されるのも通り一辺倒の筍ご飯と孟宗汁程度であったようだ。
その頃、ますや旅館では初めて孟宗竹林を買い求めた。
竹林は基本的には全て所有者がいるため、誰かが手放す時にタイミング良く求め、現在は3か所ほどを所有しているが、それらは平成5年頃に求めた山だそうだ。
とはいえ、買い求めた山が初めから整備されているわけではなく、杉山を伐採し、笹薮の鬱蒼とする山を毎年刈り、農業試験場に土壌分析を依頼し、土がアルカリ性になるように肥料を与え、そうして何年もかけて孟宗の山を作り、今に至るのだという話を聞けば、いかに山を大切にしているのかが伝わり、除草剤を撒かないというのにも納得である。
さて、採ってきた最上の孟宗で料理に腕を揮うのは各旅館の女将さんや料理人さんの仕事である。
最も代表的な料理は、何といっても鶴岡の郷土料理「孟宗汁」であろう。
湯田川でもてなされる孟宗汁は、ゴロっと大きめに乱切りされた筍が豪快に、お汁の方が控えめに入っている。具材は、干し椎茸と油揚げ(厚揚げの事を鶴岡では油揚げと呼ぶ)に孟宗筍のみのいたってシンプルなもので、味付けは出汁汁に味噌と酒粕を溶いた少しどろっとしたものだ。
筍はぐつぐつと煮出されておらず、それでいて酒粕の効いた汁の味わい深さをしっかりと収め、驚くような大きさにも関わらず、さくっと柔らかく口の中で崩れていく。
肉などは入らない。肉が入ると煮物だろうと、一笑に付された。
孟宗の盛りになると、筍そのものからコクが出るので、肉などの脂味はかえって孟宗の旨味を濁してしまうのだろう。鶴岡の人は、旬のものを盛りが過ぎるまで飽きることなく食べ続けるきらいがあるが、この孟宗汁も例外ではなく「毎日食べても美味しい」のだ。
ただし、湯田川温泉でもてなす孟宗料理はこれだけに収まらない。
刺身に焼孟宗、煮物、天ぷら、きんぴら、佃煮、酢物にコロッケや筍の下部を摺りおろし饅頭にして蒸した料理、身欠きニシンと合わせて味噌味に炊いたものなど、さすが孟宗筍の頭から根っこまで知り尽くした女将さん達が、その部位が最も美味しく頂ける調理法で楽しませてくれる。
湯田川の代名詞となるまでにこの孟宗筍が有名となり、多くのファンが引きも切らないのは、ひとえに女将さん達のたゆまぬ努力とこの美味しさをお客様に余すことなく味わっていただきたいという心からのもてなしの気持ちが作り上げたと言って過言ではない。
今年もあとひと月もすれば、湯田川のもうひとつの看板である梅が咲き始め、ふた月もすれば孟宗筍の季節となる。きっと朝には孟宗の茹で汁から立ちのぼる、あのほっくりと甘い香りが館内を満たすに違いない。
早くも食べたくて仕方がないが、代用品では満たされないと分かっているので、季節になるのをあと少し待つとしよう。
5月になると、日帰り昼食のお客様とお泊りのお客様へお出しする料理で朝から晩まで忙しないのだと、楽しそうに語るつかさや旅館の女将さん。旅館にとっても、お祭りのような忙しなさが何よりも春の訪れを感じさせてくれる情景なのであろう。
是非ともゆっくりとお湯に浸かり、全身で湯田川孟宗料理に舌鼓を打ちたいところだ。