やわらかな湯で自分の揺らぎを解放する
やわらかな湯で自分の揺らぎを解放する
歴史ある温泉地の開湯由来にはいくつかパターンがあります。武将や翁が発見した説、かの弘法大師が見つけたという説、動物が絡む開湯説。湯田川温泉はこの3つめにあたります。葦の原に降り立った白鷺が湯で傷を癒しているのを発見されたという湯田川温泉は、山形県内で5か所ある国民温泉保養地の一つでもあります。
小さな温泉街ですが訪れるといつも気持ちが知らぬ間にほぐれているのが分かります。組合源泉を共同利用し、各宿の浴槽は小さめのところが多いですが、だからこそ源泉かけ流しの良さが活きるというものです。
ナトリウム・カルシウム‐硫酸塩温泉の湯は源泉温度が42度。浴槽の湯口から注がれる湯は熱すぎずちょうどいい温度で、無色透明の湯はやわらかく、ゆっくりと浸かっていられます。それでいてしっかりと温まるのは、硫酸塩泉の傷や血管の弾力を回復に向かわせる作用からでしょう。
温泉成分による「温泉の定義」はあれど最終的に「いい湯」の定義は人により様々。泉質至上主義の人もいれば、小さなお子さんがいる方は、浴室や脱衣所は広くて清潔なことが最優先かもしれません。湯に浸かり、くぉぉ~っと思わず声が漏れる熱い湯が好きな人にとっては、もしかしたら湯田川の湯は物足りないかもしれません。でも私は、ふぉ~っと深いため息と共に体と、気持ちの奥まで溜め込んでいたものが解かれていくような優しい湯田川の湯が大好きです。
地元客にも湯田川ファンにも愛されている共同浴場「正面湯」に入った後、道を挟み参道が続く“正面にある”由豆佐売神社に一礼をする習慣が残っていたり(とはいえこの習慣はご高齢の方かな。)、共同浴場やお宿の浴室に注連縄が張られているのも、「当たり前ではない湯の恵み」に感謝の意があるからこそ。そもそも入浴は「湯垢離」という言葉があるように心身の禊をする行為でありました。毎日湯に浸かれるのが当たり前の現代と違い、湯治場の昔の方は、その貴重さを実感していたから浴室は清浄な場として結界の意味もあったのでしょう。
湯に性別は無いのに、体感として個人的に「湯田川の湯は女性らしい湯」だなといつも思います。自分が内観したい時などにゆるかやに手助けしてくれるような。それは成分的にはカルシウムの鎮静効果もあるのかもしれませんが、もしかしたら、この土地の“氣”も関係しているのかな、と。怪しい体感の謎を一人で考えていたら、由豆佐売神社の主祭神は溝織姫命という女神様ですし、境内には乳イチョウの木もあるな、とおあつらえ向きの後付け理由まで出てきました。「水は方円の器に随う」という禅語がありますが、形が無くいかようにも姿を変える水、土中の奥深くより湧き出る温泉は、私達が生まれる前からの太古の土地の記憶を含んでいる。そうして、そのエネルギーを湯を通して頂いている。そう考えると、また新たな湯田川の湯の良さや湯浴みの楽しさが見つかりそうです。
- ・投稿者の名前:
- 伊藤博美
- ・プロフィール:
- フリーアナウンサー/温泉ソムリエアンバサダー。 東根市出身・在住。活動内容はCMや番組ナレーション、司会など。 7年前から温泉ソムリエとしても活動し、現在月刊山形ZERO23にて県内の温泉を紹介する「伊藤博美のひとっぷろばんざい」連載中。
- ・SNSやホームページへのリンク系:
- https://profile.ameba.jp/ameba/hibihatabi