- 2021.11.07
- 大山 出羽ノ雪の酒造り
- 湯田川温泉から車で10分程の距離にある鶴岡市大山地区では、江戸時代から酒作りが盛んに行われ、幾つもの酒造が軒を連ねていました。現代ではその数は減ってしまったものの、大山地区には庄内を代表する酒造が点在し、蔵人たちは日本酒文化を脈々と繋いでいます。月山・朝日山系の山々から流れる清らかな水と庄内平野の良質米に恵まれた美味しい日本酒。その酒造りの現場を訪れました。 株式会社 渡會本店 大山の土地で、400年余の間、継承された出羽ノ雪の酒業。今、そこに若いセンスと情熱が加わり「温故知新・不易流行」をキーワードに、召し上がる方々すべてに「より深い感銘」を与える酒づくりを目指している。 日本酒の仕込みが始まる11月。朝8時の訪問時には既に窯に火が入り、驚くほど大きなせいろで酒米が蒸されています。一見、炊いているのかと思いきや、この工程では、お米のでんぷんを生の状態から発酵が起こりやすい状態に変化させているそうです。炊いたお米は粘りが出ますが、蒸したお米は表面が硬く、中だけが柔らかくなるため粒同士がくっつきにくく、お米に沢山の水分を吸わせることが出来るという理由があるといいます。 この日蒸していた酒米は、『出羽燦々』『出羽きらり』『改良信交』の三品種。こうすることで発酵しやすい状態になるばかりではなく、高温でお米が消毒されます。天井まで蒸気が満ちている室内。気温の低い真冬にはもっと真っ白になるんだとか。どんなに寒くても蒸気は高温で汗をかきながらの作業。お酒造りには、タイミングや計量など繊細な作業と、豪快さを必要とする体力仕事のどちらも必要なんですね。 蒸米は布の上に広げ、熱い酒米をなんと素手で一定の温度まで冷ましていきます。酒米は磨かれ、丸くて小さな粒であることが分かります。普段食しているごはん用のお米と比べると随分小さく、贅沢に削って使用されているのです。一口頂いてみると、これは確かに外が硬く中は柔らかいはじめての食感。この後、室(むろ)と呼ばれる部屋で麹造りが行われ、酛摺り、添え仕込み、本仕込みへと進んでいきます。 長い工程を経てようやく、酒絞りが行われ新酒を味わうことが出来るのです。いつも何気なく飲んでいる日本酒もこのような長い工程を経て造られていると思うとその有り難みが増しますね。室(むろ)を見学させて頂いた際には、麹の香りでなんだかほろ酔い気分に。普段なかなか足を踏み入れることのない酒造を見学させて頂き、お酒作りの原点に触れることが出来ました。 国内有数の米どころ、庄内平野。日本酒好きなら訪れる価値のあるスポットだと言えます。酒造に併設された『出羽ノ雪 酒造資料館』では一般の方も入場料100円で資料館を見学出来る他、直売所を併設しているので、是非訪れてみてはいかがでしょうか。(新型コロナウイルスの影響で変更になる場合があります。訪問の際には、予めお問い合わせください。) ◯information 出羽ノ雪 酒造資料館 開館時間:8:45〜16:30 山形県鶴岡市大山二丁目2番8号 0235-33-3262
- 2021.10.08
- 旬の地魚を湯田川温泉で
- 新米の刈入れがすすみ、食卓に新米をかみしめる喜びはひろがっている。 湯田川温泉というと“鶴岡の奥座敷”と言われることも多く、また孟宗筍で有名な事から、随分と山間にあるイメージであるが、15分も車を走らせるとそこはもう日本海である。「アバ」と呼ばれた魚売りの行商が浜から湯田川温泉にも売りに来ていたのはほんの少し昔の話。 山形県の海岸線「庄内浜」は日本一の短さだが、年間で130種もの海産物が水揚げされる豊かな漁場だ。そのおかげで湯田川でも、一年を通して新鮮な魚介類がお膳を彩る宿も多く、ここはひとつ旬魚を目当てに湯田川に泊まってみてはいかがだろうか。 湯田川温泉は、その旅館の女将自らの手料理や郷土料理でもてなす宿と料理長が熟練の技で仕立てる料理でもてなす宿とがある。 表通りから少し入ったところに建つ九兵衛旅館は後者の旅館で、在職22年、有名な寿司店で修行を積み、とりわけ魚に精通した料理長が板場を切り盛りしている。 どの時期に何が1番美味しいのか、作っている人に聞けば間違いない!とばかりにお話を伺った。 「まず鶴岡の魚は物が良いんです。漁師さんの仕事がとにかく丁寧。神経締めや活締めといった処理が施されているおかげで、魚によって2日目に美味しくなるもの、4日目に美味しくなるものなど、ねかせる事で旨味を乗せて提供することができるんです。」 【春のマス】 「春の庄内といえば、マスですね。海マスに川マス。このマスも3月から4月の上旬は刺身で食べるのが抜群に旨い。逆に4月中旬から5月中旬は脂が最高潮に乗ってくるので焼き物にします。 普通、サーモンと違ってマスの刺身なんて食べたことないでしょう。でも一度、一気に-60度で冷凍すると鮮度も味もそのままで、刺身で食べることができるんです。 これがね、本当にサーモンなんてもんじゃなく美味しいんですよ。」 と、目を輝かせる料理長を見たら、その味を知らずにいるのは何だか人生損をした気分になってしまう。 「5月はね、数あるイカの中でも最も美味しい赤イカのシーズンです。鯛も上がってきます。それに5月は孟宗筍のハイシーズンですからね。6月は、何と言っても口細カレイでしょう。」 そう、鶴岡において口細カレイはカレイの王様。1人前サイズの小ぶりなカレイなのだが、身はふっくら、淡白でありながら上品なうま味があり、この季節の何にも勝るご馳走なのだ。 【夏の岩ガキ】 「初夏になると、ここ近年はハタの美味いのが上がるようになってきましたね。昔はハタなんて獲れなかったけど、年々海の環境も変わってきて。他にもアラやスズキ、キジハタなんかも旬。 7月8月は、西バイや大バイ、サザエにアワビと、貝類が豊富で美味しい時期。中でも、やっぱり岩ガキを目当てに来るお客様が多いですね。岩ガキも最近はその年ごとにどの港のものが良いか変わるので、うちでは出始めの時に全部の港のものを食べ比べて、その年最良の港のものをお出しするようにしているんです。 その上で、焼き牡蠣には牡蠣特有のミルキーさが強い方が良いから〇〇産、生や寿司でお出しするならさっぱり目の〇〇産と産地を変えています。ここはそうやって料理に合わせて産地まで変えられる地の利がありますね。」 岩ガキというと吹浦港が有名であるが、それは2000m級の“鳥海山”が海沿いにあることにより、海にもたらされる山の恵みが豊富、という事の象徴に他ならない。 吹浦港、酒田港、由良港、あつみ港、鼠ケ関港など岩ガキは庄内浜の各港で水揚げされるが、その味はもちろん、形さえもゴツゴツした厚いものから平たいものまで様々だ。 それらの牡蠣を料理に合わせて使い分け、味わえるとはなんという贅沢。 ところで、7月8月の庄内浜は底曳き網漁が禁漁となり、その分魚の水揚量は減る。 その点の影響を聞いてみると、「その分、はえ縄漁や1本釣り、定置網漁などの魚が主となるので、魚体の状態は良くなるんです。」 と。 なるほど、そういうことか!と目から鱗。 【秋のハタハタ、庄内オバコサワラ】 「9月に入るとハタハタが出てきます。自分も庄内人なもので秋が深まったころの、あのプチプチと子を持ったハタハタが美味いな~と思うのですが、9月のハタハタは身が美味いんです。刺身にしても良し、そしてこの時期の白子が、フグやタラの白子に匹敵するほどに美味い。 10月は、熟成させるとますます旨味の増す庄内オバコサワラがあります。 庄内オバコサワラは漁師さんが1本ずつ神経締めをしています。神経締めや活締めと言われる方法は、魚体に死に対するストレスを感じさせない為、身質にストレスが掛からないので味も身質も身持ちも良いのが特徴です。何日も熟成すれば良いというわけではなく、魚体を見て触って、何日目にお出しするのが1番美味しいかを見極めます。」 鶴岡には12月9日を「大黒様の御歳夜」として祝い、ハタハタ田楽を食べる風習が今でも続いている。11月から12月のハタハタは子でお腹をパンパンにし、それがトロっとプチプチ、独特の食感で、鶴岡の人の大好物なのだ。ハタハタ抜きに、庄内の秋は始まらない。 【冬のズワイガニから名物寒ダラ】 「庄内浜はカニの解禁が早く、10月には解禁になります。1番身が締まって、甘みが乗ってくるのが11月中旬から12月。この時期のズワイガニは是非ともカニ刺しで召し上がっていただきたい。 私共の旅館では、11月~1月中旬まで、1キロアップのズワイガニを一冬で1トン近く仕入して、お客様にお出ししています。 カニ味噌も何でも良いわけでなく、寿司に向いてるもの、雑炊に入れるもの、ソースにするものなど、様々です。それをしっかりと視覚、味覚、触角を使って適材適所に合わせて料理していきます。」 その話を聞いているだけで、口の中にはカニ刺しのジューシーで肉厚な甘みが広がり、嗅覚には焼きガニの甲羅とカニ味噌が織りなす香ばしい香り、そして、カニと言ったら〆に食べるあの雑炊の美味しさと言ったら、もうたまらなく食べたい…に尽きる。 「1月に入ると、寒ダラですね。寒の時期ですから、昔から寒明けの節分までが美味しいと言われています。この時期の日本海は時化で船が出られる回数も限られていますが、鮮度の良いタラが手に入ったら、刺身で食べると美味しいですよ。 それに庄内は酒処でもありますから、新酒とタラを季節のものとして組み合わせて、タラの白子酒なんて最高ですね。(※白子を焼いて裏ごししたものを日本酒に混ぜたもの) 2月から3月の中頃はアンコウをお出ししています。アンコウも12月頃から美味しくなってきますが、はじめはやっぱり身が美味しいので唐揚げなどにして、この時期は何と言ってもあん肝です。」 寒の時期のマダラを寒ダラと呼び、庄内きってのソウルフード寒ダラ汁は、この時期だけの特別なご馳走。 タラの他に具材を入れる入れない、酒粕を入れる入れない、など地域によってもこだわりが深く、庄内人はこのことに関しては1歩も譲らない。ちなみに九兵衛さんでは、先代の女将の味を受け継ぎ、大根入りの寒ダラ汁をお出ししているんだそう。 「昔はカブを入れたという話も聞いています。」と、湯田川は確かにカブも名物だ。 それにしても、冬の味覚は温泉風情によく似合う。カニにタラの白子にあん肝と。その上、庄内には18もの酒蔵がある。温泉に浸かり、じんわりと温まったところでコタツにすっぽりと、酒のあてには事欠かない。 野菜には春夏秋冬呼び名があるが、魚も自然界の旬の中にある。その旬どまんなかは1カ月半ほどだという。さて、何を食べに行こうかな。
- 2021.04.04
- 湯田川孟宗
- タケノコは極力新鮮を採れ、畑から直が一等。 料理家・美食家としても有名な北大路魯山人の言葉である。 それであるなら、湯田川の孟宗は間違いなく一等ものだ。 湯田川孟宗は、出の早い南向きの山では4月10日頃からお目見えし、5月いっぱい楽しませてくれる鶴岡の人にとっては、春の横綱食材だ。 この季節、湯田川温泉の各旅館では様々に工夫をこらした筍尽くしの料理を、これでもかというほど味わうことができる。 湯田川孟宗といえば夜露も乾かぬほどの早朝に掘り起こされた朝採りのものを指す。 この日話を伺ったますや旅館のご主人が言うには、朝は4時半頃から日の差し出す前に掘り終えると、旅館へ戻り、すぐに茹で、粗熱がとれたら1時間ほど流水にさらして、その日のお客様へ提供するための下準備を行う。使い切れない分は、その日のうちに缶詰めにするので、翌日に持ち越して提供することはないのだそうだ。 これをシーズン中は毎日繰り返しているのだから、これ以上ない一等ものだと言い切れる。 しかも、掘り起こした筍の根っこを見て、何の料理に使おうか即時に林の中で振り分け、ひと際白く極上の筍は、少しも日が当たる事のないようタオルに包み、刺身用として持ち帰るのだという。ここまで聞いただけで、湯田川孟宗特有のさっくりとした小気味良い歯触りとえぐみのない上品な甘み、みずみずしいあの味を口の中で探してしまっている。 孟宗竹群生地の最北といわれる、湯田川を含む金峰山周辺に孟宗が伝わったのは、北前船で京都から金峰山へ参った修験者が、孟宗竹をその寺社周辺に植えたことが始まりという謂れがある。 その謂れの真偽を知ることはできないが、金峰山は孟宗を懐に抱くにはちょうど良い土壌であったことは確かだ。 湯田川は酸化鉄を含む赤土粘土質の土壌に、強い西日の日差しが当たらない、じめっとした湿度のある山の傾斜で、強風にあたることもなく、孟宗筍にとって最適な環境が整っている。 しかしながらそれだけではなく、話を聞けば聞くほどに、ここの孟宗竹林は手入れにとても手塩がかかっていることに驚く。 4月5月と約2カ月ほどの旬の季節が終わると、夏の盛りの土用の丑の日あたりまでに竹林の草を刈り倒しておく。そして、10月から翌年1月頃までに竹を間引いて切り、竹林の整備をするのだという。 その間にも年3~4回は肥料をやり、1年かけて良質な孟宗筍を収穫するため山を育てる。 大変だけれど、この手間をかけたかかけないかで全く筍の白さも柔らかさもえぐみのなさも変わってくる。除草剤を撒けば簡単だろうという人もいるが、味に影響するので絶対に使わないと話してくれた。 ますや旅館の大女将が嫁いできた昭和43年頃、既に湯田川の孟宗は良質であると人気ではあったが、今のように湯田川の代名詞となるほどには有名でなく、旅館で出されるのも通り一辺倒の筍ご飯と孟宗汁程度であったようだ。 その頃、ますや旅館では初めて孟宗竹林を買い求めた。 竹林は基本的には全て所有者がいるため、誰かが手放す時にタイミング良く求め、現在は3か所ほどを所有しているが、それらは平成5年頃に求めた山だそうだ。 とはいえ、買い求めた山が初めから整備されているわけではなく、杉山を伐採し、笹薮の鬱蒼とする山を毎年刈り、農業試験場に土壌分析を依頼し、土がアルカリ性になるように肥料を与え、そうして何年もかけて孟宗の山を作り、今に至るのだという話を聞けば、いかに山を大切にしているのかが伝わり、除草剤を撒かないというのにも納得である。 さて、採ってきた最上の孟宗で料理に腕を揮うのは各旅館の女将さんや料理人さんの仕事である。 最も代表的な料理は、何といっても鶴岡の郷土料理「孟宗汁」であろう。 湯田川でもてなされる孟宗汁は、ゴロっと大きめに乱切りされた筍が豪快に、お汁の方が控えめに入っている。具材は、干し椎茸と油揚げ(厚揚げの事を鶴岡では油揚げと呼ぶ)に孟宗筍のみのいたってシンプルなもので、味付けは出汁汁に味噌と酒粕を溶いた少しどろっとしたものだ。 筍はぐつぐつと煮出されておらず、それでいて酒粕の効いた汁の味わい深さをしっかりと収め、驚くような大きさにも関わらず、さくっと柔らかく口の中で崩れていく。 肉などは入らない。肉が入ると煮物だろうと、一笑に付された。 孟宗の盛りになると、筍そのものからコクが出るので、肉などの脂味はかえって孟宗の旨味を濁してしまうのだろう。鶴岡の人は、旬のものを盛りが過ぎるまで飽きることなく食べ続けるきらいがあるが、この孟宗汁も例外ではなく「毎日食べても美味しい」のだ。 ただし、湯田川温泉でもてなす孟宗料理はこれだけに収まらない。 刺身に焼孟宗、煮物、天ぷら、きんぴら、佃煮、酢物にコロッケや筍の下部を摺りおろし饅頭にして蒸した料理、身欠きニシンと合わせて味噌味に炊いたものなど、さすが孟宗筍の頭から根っこまで知り尽くした女将さん達が、その部位が最も美味しく頂ける調理法で楽しませてくれる。 湯田川の代名詞となるまでにこの孟宗筍が有名となり、多くのファンが引きも切らないのは、ひとえに女将さん達のたゆまぬ努力とこの美味しさをお客様に余すことなく味わっていただきたいという心からのもてなしの気持ちが作り上げたと言って過言ではない。 今年もあとひと月もすれば、湯田川のもうひとつの看板である梅が咲き始め、ふた月もすれば孟宗筍の季節となる。きっと朝には孟宗の茹で汁から立ちのぼる、あのほっくりと甘い香りが館内を満たすに違いない。 早くも食べたくて仕方がないが、代用品では満たされないと分かっているので、季節になるのをあと少し待つとしよう。 5月になると、日帰り昼食のお客様とお泊りのお客様へお出しする料理で朝から晩まで忙しないのだと、楽しそうに語るつかさや旅館の女将さん。旅館にとっても、お祭りのような忙しなさが何よりも春の訪れを感じさせてくれる情景なのであろう。 是非ともゆっくりとお湯に浸かり、全身で湯田川孟宗料理に舌鼓を打ちたいところだ。