旅と旅情
開湯1300年と歴史の深い湯田川温泉は、古くは湯治場として2月から3月にかけて、多くのお客様がお出でになっていたそうな。
つかさや旅館の女将さんが嫁いできた40年ほど前も、まだ湯治文化は健在で、この季節は常時満室、20~30名程のお客様が泊まっていたそうだ。
毎年同じ湯治客らで賑わい、そうこうするうちにお客さん同士も仲良くなって、「また来年!」と言って帰ってゆく、そんな人と湯の温もりと活気に満ちた真冬の湯田川温泉が目に浮かぶ。
湯治の心得では7日間の逗留を一廻りとし、江戸中期の文献には二廻り(14日間)の逗留が良いとも記されている。
そのため、大抵のお客様は二廻り同じ宿に宿泊し、15日目にお帰りになるのだとお聞きした。
そうなると、食いしん坊の私が気になるのは食事事情!
そうでなくても真冬は1年で最も食材の少ない季節。
日本海は連日大時化が続く。
にも関わらず、大勢のお客様を相手に朝に夕に食事を出すのは至難の業だ。
「当時は冷凍などの保存技術も今ほど発達してなかったからね。
山菜の塩漬けやぜんまいなどを乾燥させたもの、キノコの塩蔵もの、そうやって採れる時期に保存させたものを使ってね。
滞在中は同じ料理を出さないように、1つの食材でも酢の物にしたり、お浸しにしたり、和え物にしたり。
秋になると大根を何本も漬けてたくあん漬けを作ったり、秋鮭の粕漬けも一冬分漬け込んだりしていたよ」
と、女将さんが懐かしそうに語ってくれた。
湯田川名物の孟宗筍も、今では缶詰で保存できるが、当時は塩もみをして干して、また塩もみして…を繰り返して保存したものを、使う時には塩抜きをして油炒めなどに使っていたのだそうだ。
わらびの色出しから塩蔵の塩抜きなどは、先代の女将さんの教えで受け継いだ技。
秋鮭の粕漬けは、粕と砂糖と塩だけと至ってシンプルな味付けながら、ギュッと味の濃縮した、白いご飯もお酒も進む冬の「つかさや旅館」定番の味だ。
「あとは木賃(きちん)湯治と言って、お客さんが卵やら米やらを持ってきて、『茶碗蒸しにしてくれ』と言われれば茶碗蒸しにして、由良の魚の行商から魚を買って、『刺身にして』と言われれば、そのように調理してあげたりね。」
と、今は制度上見ることは出来なくなったが、湯治ならではの面白い食文化も聞かせてくれた。
なんと驚いたことに、はじめの2~3日は朝昼晩と昼食の賄いもしており、これが4~5日目となってくると、段々とお湯が効いてきて、あちこち痛くなってくるから食欲も減退し、そこを越えるとスッキリとしてお帰りになるのだそうだ。
お正月も、旅館業は繁忙期。宿で年を越すお客様も多くいらっしゃる。
クリスマスが過ぎると、お正月のご馳走づくりに女将さんは大忙しだ。
≪つかさや旅館の正月ごっつぉ≫
・はりはり大根
・お煮しめ
・きんぴらごぼう
・昆布巻き
・ぜんまいの炒りもの
・煮豆
・栗きんとん
・数の子
・納豆汁
・お雑煮
ある朝、若い女の子たちのグループが「わぁ、懐かし~‼」と朝食を食べる風景に遭遇し、なんとも心嬉しくなったという。
「郷土料理を受け継ぎ守っていくのも旅館の役割。」と晴れやかに言い切るつかさや旅館の女将さんの横で、「お母さんの料理は全部おいしい!」と話すのは埼玉から嫁いで10年になる若女将。
嫁いだ当初は全てが馴染みのない新しい料理だったというが、舌で覚えた“山形の味”は、着実に次の世代へと受け継がれている。
保存技術も流通も、凄まじい速度で時代は変われど、湯田川の宿屋の食事は、何か懐かしさを掻き立てられ、冬にこそ旅情を誘われる温もりがある。