庄内一の“美酒温泉街”計画
いま湯田川は、庄内一「日本酒が美味しい温泉街」として変化を遂げようとしている。
数年前からこの実現のため、宿の社長や女将らで行う日本酒勉強会の実施に取り組んでいるのが、つかさや旅館主人の 庄司丈彦さんだ。
庄司さんが日本酒に着目したのは、山形で“土地の酒”と言えば、ビールや焼酎などではなく “日本酒”であることから、他所から訪れる温泉客らに土地のものとして提供するには、日本酒が欠かせないと考えたことがはじまりだ。
宿側のオペレーションで飲料メニューは組まれがちだが、料理だけではなく日本酒で感動する瞬間を作りたい、湯田川のように小さな宿が多いからこそできると、働きかけている。
そうは言っても、日本酒はお客さんの好みもあれば酒の個性も様々で、更には料理も引き立てなければならず、そう簡単なことではない。
この日、地酒を使った燗酒の勉強会を開くというので興味が沸き、参加させていただいた。
集まった顔ぶれの7割が、なんと女将さんや仲居さん。
女性がメインということに「おっ、これは勉強会と称した旦那衆の飲み会ではなく、本気の勉強会だな」と、実は心の中で驚き、頼もしく感じた。
講師は新潟県からお招きした松本英資氏。
この方は2014年に廃業した「美の川酒造」の元社長で、現在は日本酒浪人として広く日本酒の魅力を布教している人気講師だ。
勉強会の中身はさておき、酒を囲んだ女性たちの姿勢は真剣そのもの。
やはりお客さんの多くは地酒を楽しみ訪れる方が多く、それぞれの宿でもここ数年、地酒の提供に力を入れているとのこと。
“日本酒”の表記を“地酒”に変えただけでもお客様の興味の反応が変わったと話す。
さて、地酒とは。
山形県内には51もの酒蔵があり、そのうちの18酒蔵がここ庄内にある。
秋田県境から新潟県境まで日本海沿岸に沿って広がる庄内地方は、鳥海山をはじめ月山や金峰山などの山々の恩恵により、肥沃な大地と豊かな水で“庄内米”の産地として有名だが、当然日本酒造りにも秀でている。
その山とそこから湧き出る水の個性だけでも庄内の酒はバラエティに富んでおり、まさにテロワールと言って良いだろう。
そこへ、海に山に里にととれる四季折々の食材を、手を掛け仕立てた料理の1品1品と掛け合わせたら、この上ない幸せだ。
講習が進むほどに女性たちの会話も弾む。
「秋田の方と福島の方では、好むお酒が違うよね。」
「お勧めをください、と言われると悩むのよ。」
「自分のとこの料理の味には、どんなお酒をお勧めすればよいのか…。」
「ぬる燗、熱燗、お客様が望むその違いが、今日の勉強会でやっとわかった。」
その一つ一つに、皆が頷く。
この日の勉強会で出された料理は、隼人旅館さんの寒ダラをメインに使用した郷土料理。
寒ダラは真冬の庄内のごちそうであり、寒ダラ汁はソールフードだ。
タラの昆布締めにタラと鱈子の煮物、寒ダラ汁。
あさつきの酢味噌和えや胡麻豆腐の餡かけと、どれもこれも庄内ならではの味覚であり、しかし、それらが「どうだ!」とばかりに出てくるのではなく、とても奥ゆかしく、それがまた何とも心地よい。
最近は食事なしの宿泊プランも多いが、こんな手づくりの郷土料理をいただきながら、地酒に舌鼓を打てれば、旅に来た甲斐があるというものだ。
いつか湯田川の温泉湯で芽出しした米で湯田川温泉独自の日本酒を作りたいと、庄司さんは言う。
米も魚も野菜も酒も、煮炊きする水もすべての水は繋がっているから、土地の料理には土地の酒が合う。
日本酒は難しい。
それでもこうして着実に、湯田川は庄内一“美味しい地酒が吞める温泉街”へと突き進んでいる。