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藤沢周平(1927〜1997)
鶴岡市生まれ。本名 小菅留治。現代日本を代表する時代小説家として知られている。戦後、鶴岡市湯田川中学校の教員を経て、昭和48年「暗殺の年輪」で直木賞を受賞。その後、庄内の人と歴史を扱った作品を多数発表。代表作に「義民が駆ける」「回天の門」などがある。

藤沢周平記念碑によせて

遅咲きの作家といわれながら精力的に名作を次々と発表し数々の賞を授けられながら、決して驕る事もなく私達教え子と会えばいつも変わらぬ小菅先生でした。毎年3月に開かれる首都圏在住の教え子達の同窓会には欠かさづ出席なされて居りましたが、平成5年頃になると少し健康を害して居られました先生は『もう毎年の出席は無理だろう』との思いからか、いつもより多額の進物を持って来てくれました。それがきっかけで文学碑の話が持ち上りました。エッセイの中で何も残さず、ふっと消える様に人生を終りたいと書いた先生の心には逆らう様ですが、これまでの辛苦の末に生み出された藤沢文学に注ぎ込まれた人間であるが故の“人間と自然に対する限りない慈しみの心”を永く伝えて行く何かを残すべきだと強く心に決めて居りました私は、何とかお許しを得ようと常々考えて居りました。平成6年10月、先生が当地を訪れた際に文学碑の建立をやめる様、皆んなを説得する様に言われましたが、先生と教え子達の記念碑とする事を申し出てお許しを頂く事が出来ました。
藤沢周平と湯田川温泉
藤沢周平先生記念碑 教え子の多くが還暦を迎える平成8年5月の連休を除幕の日として建立の準備に入りました。2学年約100名の教え子達の心が一つになり、平成8年3月には先生に碑文を揮毫して頂くのみとなって居たのですが、16日になって急性肺炎で入院するというアクシデントに遭遇しましたが、幸い7月初旬には退院されました。その後 揮毫してくれました碑文には体力の衰えが痛々しく現れていましたので先生直筆として後世に残して良いものかどうか、大変悩みましたが色々工夫したところ普段の先生の字に近づける事が出来、そのまま碑に刻み込んだものです。華美にせづ、余分な負担はかけづ、つつましやかにという先生との約束は果たせたものと思って居るところです。
除幕式には先生の出席を見る事は出来ませんでしたが、先生と教え子達の心を結び付けた碑は今、その枠を越えて作家 藤沢周平の原点を語り継ぐ一つの証としてなくてはならないものとなって居ります。
(文:萬年慶一)

文人墨客の愛した湯田川

藤沢周平のほかにも、斎藤茂吉、横光利一、種田山頭火、竹久夢二といった歴史に名を残す文人墨客も湯田川温泉に逗留しています。
戦前・戦中にかけて日本文壇を代表し、小説の神様と称えられた横光利一も終戦直前、鶴岡市上郷の山口での疎開生活を日記体風に描いた名作の誉れ高い「夜の靴」を遺しています。横光の妻は鶴岡市鳥居町の実業家・日向豊作の長女であることから、ときどきやってきては しばしの休息を楽しみました。湯田川温泉が作品の舞台になったのが「笑った皇后」です。男湯と女湯の仕切がちょうど足元あたりで切れていることから、湯に浸かっていた利一が女湯から見える白い足にどきまぎしていると実は妻であったといいます。湯田川温泉の特徴のひとつである透明度の高さが伺い知れるエピソードも残されています。
また、大正ロマンの旗手・竹久夢二も湯田川温泉にやってきて宿をとり、幾つかの魅力的な作品を遺しています。このほか鶴岡出身の文学博士、三矢重松が淡い恋心を詠んだ和歌などの歌碑が由豆佐売神社の社に建立されています。
映画「たそがれ清兵衛」撮影記念碑 斎藤茂吉歌碑 三矢重松歌碑
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